僕が毎朝乗る駅で、視覚障害の人がいる。
サングラスをかけて、白い杖を持って、でもその人は毎朝普通に通勤していく。
時々、奥さんを連れて。 奥さんに導かれているようでもあるし、その人は慣れた感じで自分のペースのようでもある。
新宿で乗り換えるとき、その人も途中までは同じ方向だ。
時には動かなくなるくらいに混む通路を、階段を下ったり登ったりしながら通り抜けていく。
僕はそれを横目で意識しながら歩いている。
凄いな、っていつも思う。 本当は、そう思うことは失礼なのかもしれない。 でも、通いなれることがあったとしても、道は変わらなくても、そこを通る人は毎日違うし、気付いて道を開けてくれる人もいれば気付かなくてぶつかってくる人もいるだろうに。 でも、そんなことを全て乗り越えて、その人は通勤していく。 普通に。 すごいと思う。
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数日前。
テレビで、盲導犬のことをやっていて、ナントカ大臣が執務室の中でデモンストレーションしていた。
アイマスクをつけて、盲導犬のアレ(なんていうのかな?背中についているバーみたいなヤツ)を持って歩いてみていた。
執務室という、普段自分がいるスペースでさえ、途端におどおどとした怖がった動きに変わる。
見ていて、違和感を感じた。
目をつぶって。 友達でも恋人でも両親でも、片手を引いてもらいながら歩いてみたとする。 きっと、怖くてよろよろとしか歩けないだろうなって思う。 それを、訓練されているとはいえ、犬に自分のリスクを全て預ける。 考えてみれば凄いことだ。 人間が勝手に作ったルールを犬に教え理解させ、伴う人間の状況を理解させて補助させてるんだよね。 ものすごい信頼感。 多分、人のことを信用する何倍もの決心を持って、その犬のことを完全に信頼しているんだろうな。 盲導犬と歩くって、実はそういうことなんじゃないのかな?・・・って思うと、それをデモンストレーションしている人を見て、ちょっと怒りに近い違和感を感じた。
僕は、幸せなことに目が見える。 そんな、すごい決心をしなくても許されてる。
将来、自分の人生が一段落したとき、何かそういう意味で人の役に立つことができるようなことができればいいなぁ・・・
人の手を引いて歩くことはできないのかもしれないけど。 いつか、自分ができることがあればいいな。
長くはないよん。 ありがとね ^^
自分の中でさ、「恥ずかしい」とか、「自分にできるのかな?」みたいな、妙な構えこんじゃうところがある感じなんだよね。
本当は、普通にしてあげることができたらいいのにね。
人に優しくありたいね

>盲導犬のアレ(なんていうのかな?背中についているバーみたいなヤツ)
ハーネスだっけ・・違ったかな?
凄いな、と思うのは失礼かなと思いつつ、やっぱり凄いなと思うよね。
大丈夫かな、って見てしまって、いつでも手を差し出せる用意をしたりしてしまうけれど
それはきっと差別ではなく思いやりなんだと自分なりに思いたい。
誰かに対して何かできることはいろいろあると思うけど・・。
今でも。
知人のお母さんは、目の見えない人への本の朗読をやっていると言っていました。
近所では、お年寄りの車椅子をにこやかに話しながら歩く若者の姿がよく見られます。
小さなことでも踏み出すのは難しいけれど
私も何か出来ればと思います。
長くなってごめんなさい。
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長くはないよん。 ありがとね ^^
自分の中でさ、「恥ずかしい」とか、「自分にできるのかな?」みたいな、妙な構えこんじゃうところがある感じなんだよね。
本当は、普通にしてあげることができたらいいのにね。
人に優しくありたいね
>盲導犬のアレ(なんていうのかな?背中についているバーみたいなヤツ)
ハーネスだっけ・・違ったかな?
凄いな、と思うのは失礼かなと思いつつ、やっぱり凄いなと思うよね。
大丈夫かな、って見てしまって、いつでも手を差し出せる用意をしたりしてしまうけれど
それはきっと差別ではなく思いやりなんだと自分なりに思いたい。
誰かに対して何かできることはいろいろあると思うけど・・。
今でも。
知人のお母さんは、目の見えない人への本の朗読をやっていると言っていました。
近所では、お年寄りの車椅子をにこやかに話しながら歩く若者の姿がよく見られます。
小さなことでも踏み出すのは難しいけれど
私も何か出来ればと思います。
長くなってごめんなさい。