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南雪 命日

さけびくんさけびくんさけびくん


お袋のお兄さん。 そのお嫁さん。 だから僕のおばにあたるのかな?

今日が命日。 さっきお袋にメールした。 僕んちではお線香をあげられないから、親父の仏壇になっちゃうけど、お線香をあげておいてって。

前にも書いたかな。
おばさんは足が不自由だった。 いつも片足を引きずっていた。
それでも、昔の人だからこまごまと立ち振舞って、家事なども普通にやっていた。

おばさんは、洋裁をやっていた。 自宅には「内閣総理大臣賞」を受賞した賞状が飾られていた。
受賞作品なのかな、薄紫色のドレスの写真を見たことがある。 オートクチュールってことか。
高校?大学?くらいのころかな、世の中が少し広くなってきたときにおばさんに聞いたことがある。
「時代が時代で、場所が場所なら、おばさんは有名デザイナーになってたの?」って。
「そうやねぇ」と言いながらおばさんは笑っていた。

洋裁は比較的早くにやめたようで、晩年は水墨画を趣味としていた。
その時「南雪」を名乗り、作品を作っていた。
大学のころ、一度銀座で個展を開いたことがある。 当時の彼女と観に行った。
絵具も併用するスタイルだったが、おばさんからは
「木の葉っぱの生え方も、下を向いたり、同じところから出るものとか互い違いに出るものとかあるんよ」と、当時の僕が全く何も感じていなかったことを教えてくれた。 当たり前のことだけど、そんなことも意識せずにいるんだな、気づかずにいたんだなと思った。

晩年。 おばさんは認知症になり、ご実家近くの施設に入っていた。
一度、見舞いに行った。 背中を丸めて車いすに座り。 僕のこともわからない様子でこっちを見ていた。 スリッパを咥えようととしていたのかな、そんな姿を覚えている。
あのおばさんが。。。
その姿を見てひどく衝撃を受けて。 でも、その時に一緒に行ったうちのお袋の名前を呼んだことで、救われた。
でも、そのあとはつらくてもう見舞いにも行けなかった。

ご主人も亡くなり。
一人娘の従妹も、なかなかうちとは疎遠になってきたけど
遠くでだけど、僕はこうやって思い出して感謝をしています。
ありがとう。

実家には、南雪の銘を打った水墨画がいくつか飾られている。
今見返すと、正直拙いというか、完全にプロっぽいものではないが
それでも、おばさんの言葉を思い返しながら眺めている。
その作品もだいぶ色あせてきた。
その作品の想いは色あせてはいない。




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