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こないだ、お袋と電話で話をした時に、うちの親父の仕事のことを話した。

僕や兄が生まれた後、少しして大きな会社の中にある保養所?の住み込み板場になった。 数年そこにいたがやがて次のステージが与えられ、田舎の中でももう少し大きな規模の店を任されるようになった。
小5の頃にそこに越し、東京に僕が来た後も、結果的には定年までそこにいた。

親父は、お袋との相乗効果でとてもいい仕事をした人だと思う。 会社の人専用の料亭を一般の人にも使ってもらえるようにし、結果として繁盛店となった。 だんだんと記憶が薄れてきているが、座敷もフルに入れれば200~300人は入る規模だったと思う。 毎晩一杯、というわけではないがそれでも忘年会、歓送迎会のシーズンを中心に年中混んでいた。 たくさんの板場とたくさんの仲居さんとともに、多くのお客さんをもてなしていた。

なんとなく、年商は1億を越えていたんだよな、って記憶があったから、お袋に突っ込んで聞いてみた。 80を越えたおばぁさんは仕事から離れてからの期間も長くなっていて、さすがに記憶が薄まってはいるが、
 それはふつうにあったよ。
と言っていた。
まぁ、例えば ¥4000 × 150人 = ¥600,000。  160日にもあれば達成する。 そか、あの規模だとこれくらいあれば行くんだ。 体感的に混んでた感覚からいくと、そうだね、年によってはきっと軽く越えていたね、と思った。

その話の中、ふとお袋が。
 長いこといたからね、全体では2~30億くらいいったんじゃない?
と。 
20と30では10億も差がある。 後半、親父は会社からレストラン、社員食堂、うどんコーナーと最大で4店まで任されていたから、「親父グループ」の総額でいくとそれくらい。。。多分30に近いほうくらいはいってたんだろうな、って思う。

なんか、今になって改めて凄い人だったんだな。
大きく、太く勤めて、たくさん飲んでたくさん遊んで、あっという間に亡くなった。 いい人だったな。


今日も実家には坊主が読経に来るんだろうな。 僕の分の焼香もお願いしとこ。


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