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考え

ボス ボス ボス


親友の一人の、お袋さんの命日。
朝、メールで「命日だね」って送ったら、珍しく、早く返信が来た。 「ありがとう」って。

度々言ってるけど、誰かから聞いた話なんだけど、人は、二度死ぬ。
一度目は肉体の死。 二度目は存在の死。
彼のお袋さんは去年の今日、一度目の死を迎えた。 でも、二度目の死はいつ来るのかはまだ決まっていない。 彼の家族、友人、いろんな人がその存在を思いながら生きている。 やがて、二度目の死はずっと先に静かに訪れるだろうが、僕も、少しでも想っていてあげたいと思う。


前に付き合っていた女性は「自分が死んだらその存在はすぐにでも忘れてほしい」という意味の話をしていた。 墓にも入らなくていい、どこかに散骨されればいいって。 考えだから別にそれ以上の突っ込んだ話はしなかったけど、ちょっと違和感を感じていた。
そうやって無理にというか、強く意識してまですることじゃないんじゃないのかな?って。 残された人たちが考えればいいんじゃないのかな、って。 意志や気持ちを表明することは何も悪くないけど、人は一人で出てきたわけじゃないし、自分ひとりで生きている立場の人でもない。 誰かからつながって、誰かにつないでいった立場の人だ。 だったら、その周りの気持ちも大事にしてもいいんじゃない?って。 「私はこう」はいいんだけど、時々その話を聞くと、その考えにすごくこだわっているような気がした。 言葉は悪いけど、そのうちどうせ二度目の死は訪れる。 放っておいてもいいじゃないの?って。 あなたのことを思いたい人はいる。 忘れたい人もいるだろう。 その人に任せれば? 無理やり自分の存在を希薄にしようとしなくてもいいんじゃないのかな?
そういうところでも考えはあっていなかったね。

お袋は、毎月親父の仏壇の前で読経を聞いている。 こないだ忘れちゃったらしいけどね。 それでも、気持ちがどうとか、そういう問題じゃないし。


考えてみると、僕の仲間の中で、親が亡くなったのは僕は早い方のようだ。 
ふーん、そうか・・・ って、ぼやっとした感情が一瞬浮かんだ。


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 つけてみました。 
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