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運慶展

ボス ボス ボス


金曜の就業後、そそくさと会社をでて向かった。
上野駅について、「足早」どころではないスピード。 気持ちがどんどん前を向いている。
公園を抜けて手前の信号待ち。 思ったよりは人は少なさそうだ。 一息。

敷地に入り、平成館を目指す。 ここで第一の疑問。 「平成館でいいんだっけ?」 何も見ていない。 妄信状態。
着くと問題なくそこだったので一安心。 入場し、エスカレーターで二階へ。 うん、思っていたよりも少ないかも。

さて。
入るといきなり大日。 それほど丈の高くない像なので人がたかる。 ここは軽く見てスルー。
そもそも僕は、仏像にはやはりある程度の大きさを求めている。 小さくてもいい仏も勿論たくさんいるが、こういった展示会ではやはり「見上げて威圧される」が一つの基本。 そういう意味では大日はちょいとばかり小さい。

その後がんがん回る。 
「体の中から見つかった、書き物」 ・・・興味ない。
「発注時の木簡」 ・・・見向きもしない。
人の流れの列の一つ外側から、見たい像を中心に見る。


僕にとっての一番の目的である八大童子のコーナーは前半部分の終盤にある。 え? これをここに? 後半のクライマックスじゃないの?と、どうでもいいことを考えながら童子を見る。 矜羯羅(こんがら)や制多迦(せいたか)が前列。 烏倶婆ガ(うぐばが)、清浄比丘(しょうじょうびく)、恵光(えこう)、恵喜(えき)が後列だ。 それにしても。 作者が違うとはいえこうやって展示するんなら指徳(しとく)と阿耨達(あのくた)もつれてくればいいのに・・・ 展示されている仏像の中には作者が怪しいもの、慶派というくくりのモノだってあるんだから、この二童子だって「作者が違いますが」と書いて一緒においてくれたらいいのに・・・

清浄比丘をじっくり見る。 幼い表情、しっかりした体躯、今まで気づかなかったが歯を食いしばっているような表情だ。 地蔵を思わせるような姿。 八台童子はそれぞれに華があるが、清浄比丘はその中では少し控えめな容姿だ。 いい。
ぶらぶらと六体の間を行ったり来たり。 こっちの仏像で気づいたアングルをほかの童子でも試してみる、そんなことを繰り返していた。

うん。いい。
八大童子は何よりその生き生きとした姿がいい。 表情、体型、姿勢…どれもいい。 来ていない指徳と阿耨達は色味がないけれども、表情、意匠はもちろんすぐれいている。 見たかったな、そろっているところ・・・


一旦中間ゾーンに出て後半。

ここでは天燈龍燈だな。 やっぱり。
仏像に興味を持つようになって京都、奈良に行くようになり、その時に出会った連中。 なにより、その愛くるしい体躯、生き生きとした表情、意表を突く姿に一瞬で魅了された。 ずっと昔、まだまだ人が仏や鬼の近くに住んでいたころにきっと居たに違いない、そんな姿だ。 もう奈良で何度もみた姿だけど、いいものはいい。 話はシンプルだ。

十二神将のコーナーがある。 いくつかの像は国立博物館所蔵だから何度か見たことはあるが、十二体全部の揃い組は初めてだ。 いくつかを見たときも、「もうこれしか残っていないのかな?」と思いながら見ていた。  こうやって揃うと壮観ではあるが、展示の都合で一体一体がケースに入って、少し離れている。 イメージとしては十二神将は狭いところでワイワイやっている、という感じなのでちょっと違和感がある。 まぁ、こうやってしっかり見れる機会もそんなにないんだから、これはこれで楽しむか♪


1時間半くらいのんびり見て、クリアケース、絵葉書ももちろんお買い上げ。 そんなに混んでいなくてよかった♪
終わるまでにもう一回はいかないとね。






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 つけてみました。 
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1 Comments

omachi  

運慶展を観た方にWEB小説「北円堂の秘密」をお薦めします。
グーグル検索にてヒットし、小一時間で読めます。
少し難解ですが脳トレに面白いです。
運慶展のエピローグとしてお楽しみ下さい。

2017/10/27 (Fri) 18:29 | REPLY |   

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