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親父のこと 2013年4月24日

ブリューゲル ブリューゲル ブリューゲル


親父のその後

ここからは電話やメールでのやり取り。

僕を空港で降ろした後、そのまま病院に直行したそうだ。 もともと外泊許可で外出していて、病院のベッドは準備されていた。
病院につくと担架で病室に運ばれたそうだ。 状況は極めて悪く、すぐにいろいろ検査をしたらしい。 その時点での判断としては、もう数日程度、という認識もあったようだ。
少なくとも、2日前には「外泊しても構わない」という判断だったことを考えるとあまりにも急変だ。 予断を許さない状況は続いていた。

その夜、お袋に電話をかけた。 病院にいた。 個室に入れてもらっていて、今日はこのまま看護して泊まるそうだ。 さっきまでの様子だと今日にも死んでしまうかもしれないという気配もあり、当たり前と言えば当たり前の判断だ。 お袋は、やはり親父のことを心から必要としている。 さっきまで見ていたお袋の姿がよみがえった。 取り乱してはいない、落ち着いた様子だが、何としても親父を守るという決意に満ちた姿。 これ以上触るとすぐに壊れてしまいそうな姿。 僕らの愛情なんて、足元にも及ばない。
親父を電話口に出してくれる。 が、小さな唸り声のようなものが聞こえるだけだ。 それでも、お袋の声音からもさっきよりも状況が悪いわけではなさそうな気配を感じる。


月曜には親父の兄弟が大阪から駆けつけてくれた。 今までは連絡をあえて取っていなかったが、容態を見て「手遅れになる前に」という判断で、連絡をしたようだ。 また、埼玉から親父の妹も来ることになっているそうだ。


火曜。 未明のころから親父の意識が少しずつ回復してきたようだ。 おしっこをしたいという意思表示をしたらしい。 兄貴夫婦を認識し、会話もしたそうだ。
この時点では今回の親父の急変は薬が原因ではないか、という結論らしきものも見えたらしい。 親父が痛みを訴えるので病院から処方された薬を飲んでいたが、それが過剰だったのか強すぎたのか、影響しすぎて意識レベルが低下してしまっていたことが一つの原因として挙げられたようだ。 がんは既に膵臓から肝臓と肺に転移していて、肝臓は機能していないと聞いていた。 そうやって考えれば、薬の成分もほとんど分解できずに体内に溜まりつづけていたのかもしれない。 旅行のスタートに比べて、後半目に見えて悪化していた様子もなんとなく合点がいく。

兄貴から
こっちでやれることはやるから、お前は仕事を頑張れ
というメールが届く。 何もしていなくて申し訳ないという思いと、どこかでは本音で、客観的に見ている自分がいる。

たった4人の家族なのに、その想いはそれぞれに違う。 いつかはやってくることではあるが、まだ、受け入れる準備はできていない。



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 つけてみました。 
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