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親父のこと 2013年4月21日

ブリューゲル ブリューゲル ブリューゲル



最後となるだろう、家族旅行の最終日。



親父
僕はすっかり一番最初に寝たようで、夜中にふと目が覚めると、親父とお袋と、三人で川の字を書いて寝ていた。 兄貴たちは部屋に戻ったようだ。 親父が一番向こうで寝ている。 それなりに穏やかな寝顔で、普通に寝ている。

明け方、親父とお袋が話している声で目が覚めた。 また風呂に入るようだ。 僕も起き上って、支える。 ただ、昨日よりもずいぶんと要領が悪い。
昨日よりもさらに手間取って風呂へと入れる。 もともと太っている人だし、衰えているせいもあり皮膚がたるんでいる。 黄色い。
明け方の涼しく気持ちよい空気の中。 のんびりと、いい湯加減の露天風呂に入る。 建物の下を川が流れ、雲が浮かんだ青空をみながら。 親父とお袋、ずっと一緒に生きてきていて何度となく繰り返しただろうが、本当に、一つ一つのことが「これが最後」になるかもしれない、きっとなるだろうという感覚。 あえて悲しさを求めてはいないが、一つ一つのことを無駄にはできない、という感じ。 そんな思いの中で時間が過ぎる。
親父は本当に気持ちよさそうだ。 入院していると入浴もそんなに楽しめていないんだろう。 お袋も、親父の顔を頻繁に見ている。 いろんな思いがそこにある。 昨日も洗ったのに、今日も
すってくれ(=洗ってくれ)
という。 親父の背中を洗う。 皮膚のたるみがタオルにまとわりつくような感じだ。 背中、首元、脇と洗う。 気持ちいいのかな? 役に立ってるのかな、僕は。

親父を風呂からあげ、身体を拭く。 さすがに局部は、やっぱりはばかられるからお袋にお願いする。 背中、腕、おなか、おしり、足…親父に触れながら、寒くないように手早く水分を取る。 下着を履かせて、とりあえずベッドに投げ込むと、親父はそこでぼんやり座っている。
寒くない?
うん
しっかり温まったからかな、少し汗ばんでる。

朝ご飯はバイキングで、会場へ行く。 さすがに取ってくることはできないので、姪っ子があれこれと盛ってくる。 すこし食べる様子もあるが、動きがかなり緩慢だ。 気になるくらい。 食べこぼすようなこともないが、量が本当に少ない。
もともと、帰る前に症状を聞いた時に「すい臓がんが肝臓、肺と転移している。 肝臓はもう機能していない」と言われていたから、食べ物なんかも食べた後どうなるんだろう? だいたい、固形物とか食べても大丈夫なのかな?って思ってたくらいだ。 少なくてもいいのかもしれないけれども、いくら老体とはいえ生きているんだから、それなりに量はいるだろうが…一回の食事が、僕のデザートくらいの量しかない。
一方で、食べるものが少ないと出るものも少なくて済むのかな?とも思う。 おしっこやおっきいのも、今の親父の状況から行くと自分一人ではできないだろうから、僕なり、誰かが支えてあげないといけない。 今から実家まで戻る間にもそうなったら、簡単に済ますこともできない。 そう考えると、かえっていいのかもしれないが…

横顔
帰りの精算などをしている間、最初にお茶をいただいた広いロビーへ。 親父の車いすの隣に座り、少しだけ、二人きりの時間ができる。 顔を見るが、視線が泳いでる。 時々、黄色くなった白目をむく瞬間がある。
え?え? 死んじゃったんじゃないの?
と怖くなるが、すぐに戻ってくる。 一瞬、親父のいつものきりっとした鋭い眼力が戻るが、またすぐに泳ぎ始める。 親父が今どういう状況なのか、掴めない。 姪っ子たちがホテルの売店でお土産を買って戻ってきた。 僕も買いに行くことにして、お袋に親父を任せる。 すこし離れたところから二人の後ろ姿の写真を撮った。
両親


何とか車に乗せる。 ここから少し海辺の道を通って帰ることに。 「角島」(つのしま)という観光地があるそうだ。 そこを経由して。
出発してほどなく道は海沿いになる。 昨日は雨だったが今はもうすっかり止んでいて、雲がたくさん出ているがいい天気だ。 車の中は日差しのせいで暖かい。 兄貴がこの瞬間のために昨日CDを借りてきた。 ニニ・ロッソ。 トランペットなのかな、その人の曲をずっと流している。 映画音楽とかで有名な演者だったと思う。 親父の車で聞いていた記憶がある。 今でも時々流れてくるような曲も流れるが…親父は聞いているんだかいないんだか…
おぃ、聞いとるんかな?
と兄貴が僕に聞く。 苦笑いで答える。

角島は日本海にある島で、本州とは数百メートル程度。 橋でつながっていて、その海上の橋を渡る。 兄貴が
親父、角島来たよ
というが、ほとんど声も聞こえない。 目は開いていて眠っているわけじゃないが、反応しない。
灯台がある辺りまで走る。 降りて歩くことも考えるが、あまりに親父の反応が薄い。 トイレとかは大丈夫なのかな、寒くないのかな、いろんなことを聞くがほとんど何も言わない。 家族で簡単に記念写真を撮って、そのまま帰路につく。
角島にて


途中、大きな稲荷に寄る。 親父を車に残してお参りと、お札を買っているとお袋が僕を呼ぶ。 どうやら、親父がトイレに行きたいと言っている。
急いで車に戻り、境内にあるトイレのすぐそばに車を止める。 車いすを下し、親父を抱えて降ろそうとするが…降りようとする気持ちはあるんだろうが、身体の動きは全く伴なっていない。 ほとんど力なく、その状況がわかっているのか必死にドアの手すりなどに摑まる。 それが邪魔でもっと降ろせなくなる。
トイレだという切迫感の中で何とか下し、車いすで中へ。 どうやらおしっこのようだが…立って用を足すこともできそうにない。 兄貴と洋式便所に運び込んで座らせる。 それからズボンを下すが…はたして、きちんと座っているのか、局部がきちんと便器に向いているのかもわからない。 ここでもこんな状態でも親父の局部を触ることができない。 幸い、他に誰もいなかったからお袋を呼んで手伝ってもらう。 結局、何も出なかった。
親父を車に乗せるとき、ちょっと無理をしたのか腰を痛めた。 もともと不安もあったからさんざん注意していたが、ついにここでやってしまった…


海に並行して西進。 このまま進めば、僕らが幼稚園の前後に3年くらい住んでいた綾羅木(あやらぎ)という街だ。 懐かしい街も通ろうという、兄貴なりの配慮だ。
車の中では相変わらずニニ・ロッソが流れているが、親父は相変わらず。 聞いているのか起きているのか、いろんなことが怪しい。 生きていることは間違いない。
綾羅木は、家族で「海の家」の管理人として住み込んでいた。 広い建物。 庭にはログハウスの棟が数棟あり、シーズンにはより多くのお客さんを受け入れられるようにテントをいくつも張っていた。 その広い庭の先にある背の低いブロック塀を超えると、そこはもう海だ。 いつも、たくさんのごみと海藻が打ち上げられていたが、僕らの思い出の海だ。
車で近づく。 すこしだけ見覚えのある町。 何となく知っている風景。 だが、僕らが住んでいた辺りにはバイパスの土台のようなものが連なり、住宅が立ち並んでいた。
兄貴が親父に言う。
親父、綾羅木についたよ。
相変わらず反応がない。 聞こえているんだろうが、帰ってこない。 振り返るとさっきからずっと、隣に座っているお袋が手を握っている。 一瞬僕と目が合う。

車を回し、さらに西進。 さて、これからどうしようか、という話になる。 僕が帰る時間もだんだんと近づいてくる。
親父の様子を鑑み、兄貴が「このまま病院に行っておろして、それからご飯食べようか?」という。 お袋が「いや、父さんもご飯食べるから、先に食べようや」という。 冷静に考えて、親父が食事ができる状況だとは思えない。 コンビニで、パックのヨーグルトでも買えばそれで十分だと思う。 が、お袋はきっとこれが最後の外食になる、一緒にご飯を食べるのも最後になるかもしれないという強烈な恐れを感じているんだろう…頑として譲らない。
少し時間をおいて繰り返す。
車いすで入れるようなところないやろ?
親父なんも食べれんやろ?
さっきから反応ないし、早く医者いったほうがいいんやない?
お袋はかたくなに拒む。 親父の手を取ったまま。
ふと、まるでおもちゃを取り上げられまいと抵抗している子供のようにも感じる。 お袋は、必死に親父を守っている。 親父とお袋を離そうとしている僕らは敵だ。 僕らに対して、静かな言葉ではあるが全く譲る気もないままに抵抗している。 お袋のことが一瞬怖くも感じる。 平静を装っている表情ではあるが、お袋の心の中は今どんな気持ちなんだろう…このまま時間が止まることを、本当に願っているんじゃないだろうか? 
時間が中途半端になってしまい、僕を空港に送り届けることが先決的になってきた。 その途中にどこかあれば寄ろう、と。 空港のすぐそばにうどん屋があり、そこに寄ることになった。 僕も兄貴も、別に親父が邪魔なわけじゃない。 うどん屋くらいなら、空港にも近いしと、寄ることになった。

車を駐車場に入れ、先にお袋たちが席取りに入る。 僕と兄貴で降ろそうとするが…降ろせない。 もう体が動かない。 車のステップの一段下がったところに足を置くが、もうその足で立てるような気配がない。 意識の感じはさっきと変わらないからそんなに悪くもなっていないが、圧倒的に体の動きが悪い。 しばらく降ろそうと頑張ったが、僕が先に諦めた。
お袋に言ってくるよ。

店内にいたお袋を捕まえて、
お袋、親父はもう降りれんよ。 無理よ。
と伝える。
表情も返すにお袋は僕についてお店を出てきた。

兄貴と、お袋と、僕の三人で車外で話をする。
降ろせんし、このまま降ろしても食べれんよ。 早く病院に行ったほうがいいよ。 お袋は、もう一度親父を家にあげたいだろうし、一息つかせたいだろうけど、俺がもう帰ってしまうと、さすがの兄貴でも一人じゃ無理よ。 せめて車で家の前通ることはできるけど、それにしてもさっきからの親父の反応だと、どこに来てんだか何を見てるんだか分らんと思うよ。 お袋が、少しでも一緒にいたい気持ちもわかるけど、早く病院に入れたほうが安心できるよ。
一気にしゃべるとお袋は
わかった。
と一言。 諦めろ、と言ってるわけじゃないんだよな。 今は無理、って言ってるんだ。 もしかしてそれが諦めろ、って聞こえているのかもしれないけど、もっと言うと今は諦めるしかないよって。 今諦めても、それが最後の判断になるわけじゃないんだから。

空港で車を降りるとき。 お袋は相変わらず親父の手を握っていた。 必死になって。 その姿が刺さって痛い。 お袋なりに一生懸命に親父を守ってる。 涙が止まらなくなった。
父さん、こうちゃんが東京帰るよ。
その言葉に親父は一瞬眼球が動くが、その視線が僕を直視するわけでもない。
少しでも目を合わせたい、一瞬でも気持ちがつながりたいと思うけれども、親父は無反応なままだ。 僕は諦めて、みんなと挨拶をした。
いつも、
じゃあね。
っていうと、
おぉ、気ぃつけて、な。
って言ってくれてた。 親父のその言葉を聞きたかったけれど、聞くことができなかった。
車が動きだし、みんなが手を振ってくれた。 親父は横顔のままだった。


帰路



今回の帰省は、ここで終わった。
5月の頭に、また帰る。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ 

 つけてみました。 
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