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仏録・岐阜編 ろ

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それぞれの場所での感想などを。

まず最初に行ったのは温泉寺。

下呂の駅から歩いて10分程度。 暑い日だったので十分に汗をかいて寺前に着いたら、そこには最後の難関、約200段の階段が。 が、一つ目の目的地だから足取りはまだまだ軽い。

あらかじめ訪問のことは電話連絡していた。 到着すると、ジャージ姿の住職らしき方が迎えてくれた。 どうぞどうぞ、と促されるままにお寺の建物の中へ。
驚いたことに・・・目的の円空仏はここではテーブルの上に並んでいる。 近すぎる 自分の視線よりも下に仏像がいるなんて・・・初めての角度かもしれない。
その若い住職は簡単に説明をしてくれる。 
 ここには善女龍玉、善財童子、宇賀神、阿弥陀がいらっしゃいます。 あと、こちらは円空さんではないんですが、木喰さんの像も一つあります。
おぉ、思いがけず木喰仏にも会うことができた♪ こんな身近で観れるし、しかもテーブルの後に回れば背後も観ることが出来るな・・・と・・・思っている矢先
 どうぞ、写真も撮っていただいてよろしいですよ
おぉぉ、住職! やるじゃないか、この大盤振る舞いめ!! ありがとう♪ ・・・と・・・思っている矢先に・・・さらにとどめの一言がとびだした。
 触っていただいてもいいですから。 持って写真取られる方もいらっしゃいますよ。

・・・絶句&感動。 まさか、そんな大それたことなんてこれっぽっちも考えていなかった。 僕はただ、ここにあるという円空仏を観に来ただけ。 須弥壇の上にでも安置されているんだろうな、と思って薄暗がりの中、ちょっと距離を置いたところから拝見させていただくだけのつもりだったのが・・・写真も撮って良い、触っても持っても良い・・・ていうことはだ、極論すればあんなことやこんなこともしてもいいのか??ってことになる。 恐ろしいぞ、ジャージ住職!!

と簡単な説明を話してくれた後、住職は部屋を出て行かれた。 しばし、円空仏と対座。 テーブルの前にあるソファに座るのも恐れ多く、畳に正座しながら観る。 触っていいといわれても・・・なかなか触ることができない。 前から、横から、全体を俯瞰して・・・やがて恐る恐る手を伸ばす。 持ち上げる。

思ったよりも軽い。 当たり前か、木だし。 悪く言えばそこらへんに転がっているような、割れた木のようだ。 背中と台座のあたりに手を回し、まるで子供でも抱くような感じでしか持てない。 大切に思っているものを抱くときって、自然にこういう抱き方になるのかな・・・


さっきまで晴れていたが、おもむろに雨音が響き始める。 やがて強くなり、もっと強くなる。
円空仏と一緒にいる時間が段々と現実から離れていくような感じ。 仏像と、こんな感じで正対することってほとんど無い。 張り詰めたような緊張感と、目の前の円空仏の柔らかな感じとが妙に混ざって・・・複雑な感情になる。 信仰心があるわけではないが、目の前にあるこの小さな仏像には、やはり何かしらの力が秘められているような、そんな感じになる。


暑さのせいでたくさんの汗をかき、その汗をつけるようなことがあってはいけないと、ハンカチで顔を拭き手を拭き、時々クールダウンしようと、中庭に向かって開いている戸の方へと向かう。 豪雨だ。 帰れないな、こんなんじゃ・・・
と。 ジャージ住職が戻ってきた。 ・・・おうすと水羊羹をお盆に載せて・・・ なんて・・・ただで見せていただいているにもかかわらず、こうやってお茶までいただいて・・・恐縮しまくりで美味しくいただく。 少し息をついていると、やがて雨音が少しずつおさまり始める。

お茶をいただいた後、また円空仏に戻る。 しかし、この人は凄いな。 「上手い」と言うよりも、「いい」という感じだと思う。 あまりに素朴すぎて身近に感じるんだけど、でも、真似することのできない創造性がある。 こういう人がいたということが凄い。 この人がたくさんの仏像を残したことがありがたい。


やがて雨音が消え、薄日が射してきた。 30分以上いただろうか。 考えてみるとたった5体の小さな仏像だ。 美術館とか、普通の寺で観ている分には5分もかからないと思う。 住職の話と、雨と、おうすと、そして円空仏と。 温泉寺の部屋の中で、とても濃密な時間を過ごした。
いろんな意味でショックを受けて、次の目的地に向かった・・・

宇賀神

阿弥陀



※ ここは下呂の温泉街にあり、昔は湯治の客なども多くいたそうだ。 で、そこで亡くなってしまう人たちも多くいたらしい。 そのため、そういった人をやすめたり、今際のときに握らせるためなどでもたくさんの仏像があったそうだ。
仏像に触れると言うことは、意外と当たり前のことなのかもしれない。

※ 「善女龍玉」は本当は「善女龍王」だ。 が、何故か円空はその背面には「王」ではなく「玉」と書いている。 ジャージ住職の持論だそうだが
 将棋でも、「王将」で上位者は「玉将」となっているんです。 円空さんが、仏さんに敬意を払って上の位の文字をあえて書いたんだと思います。
と。 うん、そういう風に考えることが素直にいい考えだな、って思った。




続く…


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